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乾田直播とは?省力化・コスト削減を実現する次世代の稲作技術を徹底解説

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日本の稲作は、農業従事者の高齢化や後継者不足、そして生産コストの上昇といった深刻な課題に直面しています。

このような状況の中、持続可能な農業を実現するための新たな技術として「乾田直播(かんでんちょくは)」が大きな注目を集めています。

本記事では、この革新的な栽培方法について、その基本からメリット・デメリット、成功させるための具体的なポイントまで、農業資材を専門に扱う私たちの視点から徹底的に解説します。

この記事を読めば、乾田直播の全体像を理解し、ご自身の経営に導入を検討するための確かな知識を得ることができるでしょう。

目次

乾田直播とは?基本を理解する

乾田直播(読み方:かんでんちょくは)とは、その名の通り、水を張っていない乾いた畑状態の水田に、直接籾(もみ:稲の種子)を播く栽培方法です。従来の移植栽培が、育苗ハウスで育てた苗を水田に植え付けるのに対し、乾田直播では育苗と田植えという主要な工程を省略できるのが最大の特徴です。

また、同じく種子を直接水田に播く「湛水直播(たんすいちょくは)」が、代かきをして水を張った状態の田んぼに播種するのに対し、乾田直播は畑状態で播種し、出芽・苗立ちを確認してから入水します。この違いが、作業体系やコスト、さらには環境負荷に至るまで、様々なメリットを生み出します。

乾田直播の基本的な栽培フロー

  • ほ場準備: 耕起、整地、均平作業、鎮圧、施肥
  • 播種: 専用の播種機やドローンで種子を播く
  • 乾田管理: 出芽・苗立ちを揃えるための管理
  • 入水・湛水管理: 苗が一定の大きさに育ったら水を入れる
  • 栽培管理: 追肥、中干し、病害虫防除など
  • 収穫

乾田直播がもたらす5つの大きなメリット

乾田直播は、単なる省力化技術にとどまらず、経営改善や環境保全にも貢献する多くのメリットを持っています。

1. 圧倒的な省力化を実現

乾田直播の最大の魅力は、なんといっても作業時間の大幅な削減です。育苗、苗運び、田植えといった一連の作業が不要になるため、春の繁忙期の労働負担を劇的に軽減します。ある実証実験では、8条植えの田植機を使った移植栽培の作業時間が10aあたり35分だったのに対し、8条の点播式乾田直播機ではわずか7分で完了し、約80%もの作業時間削減を達成したという報告もあります。これは、特に大規模経営や一人で多くの面積を管理する農家にとって、計り知れないメリットと言えるでしょう。

2. 生産コストの大幅な削減

省力化は、そのまま生産コストの削減に直結します。育苗箱や培土、被覆資材といった育苗関連の資材費が一切かからなくなります。また、乾いた田面に播種するため、湛水直播で必要となる種子の鉄コーティング処理も不要です。さらに、育苗ハウスや田植機といった高額な設備投資を抑制できるため、ある試算では機材設備コストを約60%削減できるとも言われています。

3. 作業の分散と大規模化への道

乾田直播の播種適期は、一般的に移植栽培よりも早い3月~5月頃です。これにより、麦の収穫や他の作物との作業競合を避け、労働力のピークを平準化することが可能になります。作業が分散できれば、より多くの面積を効率的に管理できるようになり、経営規模の拡大も視野に入ってきます。また、トラクターで牽引する大型の播種機を使用するため、スマート農業技術との親和性も高く、ドローンやGPSガイダンスシステムなどを活用すれば、オペレーターの負担をさらに軽減し、高精度な作業が実現できます。

4. 環境にやさしいサステナブルな稲作

乾田直播は、環境保全の観点からも注目されています。栽培初期に水を張らないため、大幅な節水が可能です。水資源が限られる地域や、近年の気候変動による水不足への対策としても有効です。さらに、水田から発生する強力な温室効果ガスであるメタンの発生を、栽培期間全体で約20%削減できるという研究結果もあります。この環境負荷低減効果は、国が推進する「J-クレジット制度」の対象にもなっており、削減した温室効果ガスをクレジットとして販売し、新たな収益源とすることも可能です。

5. 高速・高効率な播種作業

作業はトラクター牽引式のグレーンドリルなどの播種機で行われ、時速10km程度の高速作業が可能です。施肥や鎮圧機能を備えた複合機を使用すれば、元肥の施用から播種、鎮圧までを一度の工程で完了でき、作業時間を大幅に短縮できます。大容量のホッパーを備えた機種を選べば、種子や肥料の補給回数も減り、ロスタイムのない効率的な作業が実現します。またドローンを使った播種も導入が進んでいます。

無視できないデメリットと導入前の注意点

多くのメリットがある一方で、乾田直播にはいくつかのデメリットや乗り越えるべき課題も存在します。導入を成功させるためには、これらのリスクを正しく理解し、事前に対策を講じることが不可欠です。

成功のカギは「ほ場準備」にあり!

乾田直播栽培において、収量を安定させ、成功を収めるための最も重要な要素は、播種前の「ほ場準備」です。ここで手を抜くと、後々の管理で取り返すのが非常に困難になります。

1. ほ場の選択:適地を見極める

まず、ご自身のほ場が乾田直播に向いているかを見極めることが重要です。水はけと水持ちのバランスが良い「細粒グライ土」や「細粒灰色低地土」などが適しています。逆に、水はけが良すぎる砂質のほ場や、排水性が極端に悪い湿田、雑草が繁茂している耕作放棄地などは、十分な対策をしない限り避けるべきです。

2. 均平作業:±2.5cmの高精度を目指す

ほ場の高低差は、苗立ちの均一性、水管理のしやすさ、そして除草剤の効果に直接影響します。高低差が大きいと、低い場所では水没して苗が酸欠状態になり、高い場所では乾燥して発芽しなかったり、除草剤の効果が得られなかったりします。レーザーレベラーやGPSレベラーを用いて、高低差を最低でも10cm以内、理想的には±2.5cmという高精度で均平にすることが、成功への第一歩です。

3. 排水性と保水性の両立:鎮圧の重要性

乾田直播では、「苗立ちまでは排水性、苗立ち後は保水性」という、相反する土壌条件が求められます。この矛盾を解決するのが「鎮圧」です。プラウ耕などで深く耕した後、パワーハローやケンブリッジローラーで土を細かく砕き、しっかりと鎮圧することで、下層の排水性を保ちつつ、表層の保水性を高めることができます。これにより、種子が発芽しやすい環境を整え、後の湛水管理での漏水を防ぎます。

4. あぜぬり:確実な漏水対策

代かきを行わない乾田直播では、畦畔からの漏水が起こりやすくなります。あぜぬり機でしっかりと畦を作り、さらにトラクターのタイヤで踏み固めるなど、念入りな漏水対策が重要です。

播種作業のポイント

ほ場準備が完了したら、いよいよ播種です。ここでもいくつかのポイントがあります。

播種機の選択: 麦や大豆にも使える「グレーンドリル」、不耕起栽培にも対応できる「V溝直播機」など、経営体系に合った播種機を選びましょう。近年では、倒伏に強く、収量も期待できる「点播」が高精度・高速で可能な機種も登場しています。

播種深度と播種量: 播種深度が浅すぎると鳥害や乾燥の、深すぎると発芽不良の原因になります。一般的に2~3cmが目安ですが、土壌条件に合わせて調整が必要です。播種量も、少なすぎると収量減、多すぎると過繁茂や倒伏につながるため、品種や地域のマニュアルを参考に適正量を守りましょう。

施肥: 乾田直播では、土壌からの窒素供給が移植栽培に比べて遅れる傾向があります。そのため、初期生育を助ける側条施肥が可能な播種機を選んだり、活着を促すための直播用のバイオステミュラント資材を用いたりすることが、安定した生育を確保する上で非常に有効です。

最重要課題!栽培管理の実践

播種後の管理、特に「除草」と「水管理」が、乾田直播の成否を分けると言っても過言ではありません。

1. 除草対策:3回体系処理で雑草を封じ込める

乾田直播で最も多くの農家が直面する課題が雑草です。特に、乾田期間中に発生する雑草は、イネとの競合に勝ちやすく、放置すると大幅な減収につながります。そのため、計画的な除草剤の散布が不可欠です。

基本となるのは「3回体系処理」です。

  • 1回目(土壌処理): 播種直後~発芽前後に、畑作用の土壌処理剤を散布し、雑草の発生そのものを抑えます。
  • 2回目(茎葉処理): それでも発生してきた雑草に対し、入水が近づくタイミングで茎葉処理剤を散布します。
  • 3回目(入水後処理): 入水後、移植栽培と同様の初・中期一発処理剤や後期剤を散布し、残った雑草や後から発生する雑草を抑えます。

使用する除草剤は、発生する雑草の種類や生育ステージに合わせて適切なものを選択する必要があります。近年では、ドローンを活用したピンポイント散布など、より効率的な防除技術も登場しています。私たち農業資材販売会社では、地域の雑草発生状況に合わせた最適な除草体系をご提案できますので、ぜひご相談ください。

2. 水管理:苗の状況を見極める

出芽が揃うまでは乾田状態を保ちますが、乾燥が激しく土壌に亀裂が入るような場合は、「フラッシング(走り水)」と呼ばれる、一時的に水を入れてすぐに排水する作業を行い、土壌に適度な湿り気を与えます。そして、イネの2葉期頃、苗立ちが確保できたらいよいよ入水です。均平なほ場であれば、均一な水深を保つことができ、その後の生育を揃えることができます。

3. 施肥管理:乾田直播専用肥料の活用

前述の通り、乾田直播では土壌からの窒素供給が緩やかです。そのため、初期の生育を確保し、かつ栽培期間全体を通して安定的に肥料効果を発揮させるために、乾田直播専用に設計された肥料や、バイオステミュラント資材の活用が推奨されます。移植栽培よりも施肥量を多めに設定するのが一般的ですが、地域の土壌診断に基づいた適切な施肥設計が重要です。

乾田直播の失敗を防ぐために

乾田直播は、ポイントを押さえれば安定した栽培が可能ですが、いくつかの典型的な失敗事例も報告されています。

苗立ち不良: 播種後の大雨による水没、低温による発芽不良、逆に乾燥しすぎ、鳥による食害などが主な原因です。高精度な均平作業と適切な播種深度、そして気象情報を注視した水管理が対策の基本です。

雑草の多発: 除草剤の散布タイミングの遅れが最大の原因です。雑草が大きくなってからでは効果が薄れ、手遅れになります。計画的な体系処理を徹底しましょう。

これらの失敗は、事前の計画と準備、そして栽培マニュアルの遵守によって、その多くを防ぐことができます。

乾田直播の導入を後押しする支援制度

国も、食料安全保障や農業の持続可能性の観点から、乾田直播の普及を後押ししています。2027年度からは、水田活用の直接支払交付金制度が見直され、乾田直播をはじめとする省力化技術や需要に応じた生産に取り組む農家への支援が強化される方針です。また、前述のJ-クレジット制度や、各自治体が独自に設けている補助金・助成金制度もあります。導入を検討する際は、これらの支援制度を積極的に活用しましょう。

まとめ:乾田直播で拓く、未来の稲作

今回は、農家の方々の間で大きな注目を集めている「乾田直播」について、その基本から実践的なポイントまで詳しく解説してきました。

乾田直播は、単なるコスト削減や省力化のための技術ではありません。それは、人手不足や高齢化という構造的な課題を乗り越え、環境と調和しながら、日本の稲作を未来へとつなぐための強力な選択肢です。もちろん、導入には初期投資や新たな技術の習得が必要であり、決して簡単な道のりではありません。

しかし、本記事で解説した「ほ場準備」「除草」「水管理」といった成功のポイントを一つひとつ着実に実践することで、そのリスクを最小限に抑え、大きなメリットを享受することが可能です。2027年度からは政府の支援制度も本格化する予定であり、今後ますます普及が進んでいくことが期待されます。

乾田直播は、これからの日本の稲作を支える重要な技術の一つとして、今後も目が離せない存在となるでしょう。

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この記事を書いた人

【プロフィール】

・出身: 1963年 大分県生まれ
・学歴: 国学院大学 卒業

【職務経歴】

・1987年: 株式会社日本実業出版社 入社
・1998年:西日本産業(株)にて主に九州管内で農業資材の開発、営業を担当。
・2009年: フリーの農業記者として食や農に関するイベント、放送番組等の
企画制作に携わる。
・2021年: ファームテック株式会社 代表取締役 就任

【主な役職・活動】

・2010年: 食農コンソーシアム大分(大分県内の若手農業者団体)代表
・2021年:大分県立久住高原農業高等学校 学校評議委員、マイスターハイスクールCEO

【研究・セミナー実績】

・共同研究:ユズ果皮が持つ抗アレルギー能と隔年結果の改善(2009年:大分大学)

・セミナー講師:

「農で生きる・農で生かす」(2012年:大分大学)
「昨今の農業ブームについて考える」(2014年:大分県農商工連携センター)

【メディア事業】

・ラジオ: OBSラジオ「甲斐蓉子の教えて!農業」(2009年7月~)
・テレビ: OBSテレビ「Hadge Padge TV」(2021年4月~)

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